リチャード・ロジャース(Richard Rodgers)とオスカー・ハマースタイン2世(Oscar Hammerstein II)から成る二人組
ミュージカル黄金時代」と呼ばれた1940年代から1950年代のブロードウェイで、数々の名作を生み出した、現代のブロードウェイ・ミュージカルの基盤を作り上げたと言われる伝説の作曲家コンビです。

Rogers & Hammerstein コンビの経歴

別名「ロジャース&ハマースタイン(Rodgers & Hammerstein)」という名で知られている2人が生み出した作品は、「王様と私(The King and I)」「サウンド・オブ・ミュージック(The Sound of Music)」「回転木馬(Carousel)」など、文字取りのブロードウェイの名作が挙げられます。
二人は、1947年開始のトニー賞が始まる前からコンビとして作品を制作していたたため、トニー賞受賞には至らなかった作品があるにも関わらず、生涯でトニー賞34賞、アカデミー賞15賞、グラミー賞24賞、合計51の賞を受賞、さらに加えて、エミー賞そしてピューリッツァー賞までも受賞しており、20世紀最高のミュージカル・作詞作曲コンビとして、現代にもその名を轟かせています。

「Rogers & Hammerstein」としてのコンビ結成 誕生秘話

1943年ブロードウェイ初演時の舞台「オクラホマ!」の様子
伝説の作曲家コンビ「ロジャース&ハマースタインの」が誕生するきっかけとなる、二人で初めて手がけた作品は、1943年3月31日公開の「オクラホマ(Oklahoma!)」です。元々、ロジャースとハマースタインは、それぞれ当時組んでいた別々のパートナーとオクラホマの原作である戯曲「ライラックは緑に育つ」の舞台化を考えていました。しかし、2人ともパートナーに断れてしまったため、知り合い同士であったロジャースとハマースタインがコンビを組んで舞台制作に挑む事になりました。当時のミュージカルというものは、演技とセリフで舞台が成り立っており、ダンスと歌は主流ではありませんでした。

しかし、彼らが作り出した舞台は、ダンスや歌で感情の深さや複雑な心理を演出し、曲の歌詞をセリフ代わりとして物語を進行させる新しいミュージカル方式を生み出し、ブロードウェイ界に革新をもたらしました。この作品以降、コンビとして活動を開始した2人は数々の名作を世に送り出し、現代のブロードウェイ・ミュージカルの第一人者として多くの人々に愛され続けています。

誰もが知る名曲「エーデルワイス」を作曲して生涯を終える

右:リチャード・ロジャース 左:オスカー・ハマースタイン2世
舞台作品以外にもテレビや映画の挿入歌でも名曲を生み出しており、1957年に担当したテレビ・ミュージカル「シンデレラ(Cinderella)」では、放送当時の視聴率が1億700万人を超え、テレビ視聴歴史の中でも最も視聴された番組として、この快挙は未だ破られていません。また、翌年の1958年に公開されたミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック」では、「ドレミの歌(Do-Re-Mi)」や「エーデルワイス(Edelweiss)」など、今日では世界中の人が知る名曲を世に送り出しています。「エーデルワイス」は二人が最後に作曲した曲として知られており、2人が亡くなった際には、ブロードウェイ(ニューヨーク)とウエスト・エンド(ロンドン)の劇場街の照明を落として、弔意を示したという事です。

ロジャース&ハマースタイン 二人のプロフィール

リチャード・ロジャース(Richard Rodgers)

作曲家リチャード・ロジャース
1902年6月28日 ニューヨーク生まれの作曲家
ニューヨークのクイーンズでドイツ系ユダヤ人外科医の家庭に生まれる。1920年、コロンビア大学在学中に出会った作詞家ロレンツ・ハート(Lorenz Hart)の作曲を手掛けたことから、本格的に作曲家として活動を始める。ちなみに、ロジャースは音楽を本格的に学ぶため、今では世界大学ランキングの舞台芸術(Performing Arts)部門で1位を獲得したことで知られる名門校ジュリアード音楽院(当時のthe Institute of Musical Art)にも通っていました。その後、ロジャースとハートはコンビを組み、1年に2作のペースで新作を発表し、彼の名が世間に知れ渡るようになる。

しかし、1943年にロレンツ・ハートが亡くなり、一時期活動が停滞するも、その後コンビを組んだ作家のオスカー・ハマースタイン2世ともに、ブロードウェイにおいて数々の不朽の傑作ミュージカルを生み出す。1979年にロジャースは77歳でその生涯を閉じるが、1990年に彼のブロードウェイへの多大な貢献をたたえ、大手劇場運営会社のネダーランダー・オーガニゼーション(Nederlander Organization)が46丁目劇場を彼の名を冠したリチャード・ロジャース劇場(Richard Rodgers Theatre)へと改称しました。トニー賞、グラミー賞、アカデミー賞、エミー賞、ピュリツァー賞のすべて受賞したのは、このリチャード・ロジャースと同じく作曲家のマーヴィン・ハムリッシュ(Marvin Hamlisch)の合わせてたった二人しか存在しない。

オスカー・ハマースタイン2世(Oscar Hammerstein II)

作詞家・脚本家オスカー・ハマースタイン2世
1895年7月12日 ニューヨーク生まれの作詞家・脚本家
ニューヨークでユダヤ系ドイツ人家庭に生まれる。祖父オスカー・ハマースタイン1世(Oscar Hammerstein)はメトロポリタン・オペラ劇場を建築、父は劇場主として劇場一家で育った彼は、幼い頃から劇場に通い詰め、コロンビア在学中から学生劇で脚本を書くなど才能を開花する。やがて、ブロードウェイで作詞を手がけるようになったハマースタイン2世は、1927年に作曲家ジェローム・カーン(Jerome Kern)と組んだ「ショーボート(Show Boat)」が大ヒットし、一躍時の人になる。ちなみに、この「ショーボート」が、アメリカンコメディや人種問題、アルコール中毒などの社会問題を取り入れた最初のミュージカルと言われており、ストーリーに沿いながら舞台が進む現代のブロードウェイ・ミュージカルが誕生したとされている。

しかし、その後名作に恵まれずにいたハマースタイン2世は、世間では忘れられた存在となっていたが、1943年にコンビを組んだ作曲家リチャード・ロジャースとともに数々の名作を生み出し、現代のブロードウェイの基盤を築き上げた第一人者として、今もなお受け継がれている。

ロジャース&ハマースタインが手がけた作品一覧

初演:1943年3月31日
オクラホマ!(Oklahoma!)
アカデミー賞:ミュージカル映画音楽賞/録音賞受賞
名曲:Oh What a Beautiful Morning(試聴 ▶
初演:1945年4月19日
回転木馬(Carousel)
第48回トニー賞:5部門ノミネート、内4部門受賞(1994年リバイバル作品)
第72回トニー賞:11部門ノミネート、内2部門受賞(2018年リバイバル作品)
名曲:If I Loved You(試聴 ▶
初演:1949年4月7日
南太平洋(South Pacific)
第3回トニー賞:装置デザイン賞受賞
ピューリッツァー賞:戯曲部門受賞
名曲:Bali Ha’i(試聴 ▶
初演:1951年5月29日
王様と私 (The King and I)
第6回トニー賞:5部門受賞
アカデミー賞:アカデミー主演男優賞受賞、主演女優賞ノミネート
名曲:Shall We Dance(試聴 ▶
初演:1957年3月31日
シンデレラ(Cinderella)
名曲:My Own Little Corner (試聴 ▶
初演:1958年12月1日
フラワー・ドラム・ソング
(Flower Drum Song)
第13回トニー賞:8部門ノミネート、内1部門受賞
名曲:I Enjoy Being A Girl(試聴 ▶
初演:1959年11月16日
サウンド・オブ・ミュージック
(The Sound of Music)
第14回トニー賞:8部門ノミネート、4部門受賞
アカデミー賞:5部門受賞
名曲:The Sound of Music(試聴 ▶