234 W 44th St, New York, NY 10036(地図
開業:1900年|所有劇場数:19

The Shubert Organization|基本情報

シュベールト3兄弟(Shubert brothers)について

シュベールト3人兄弟(Shubert brothers)左から:次男サム・シューベルト/三男ジェイコブ・シューベルト/長男リー・シューベルト
シューベルト・オーガニゼーション(The Shubert Organization)は1900年に開業、ユダヤ系アメリカ人のシュベールト3人兄弟長男:リー・シューベルト(Lee Shubert)次男:サム・シューベルト(Sam S. Shubert)三男:ジェイコブ・シューベルト(Jacob J. Shubert)よって設立されました。ニューヨークで最も古いシューベルト・オーガニゼーションは、設立から現在までに合計約100個以上の劇場を所有し、約500以上のミュージカル作品を制作してきたブロードウェイ最大の劇場所有団体として、ミュージカルの歴史とともに歩んできた団体です。口語では「ザ・シューベルツ(The Shuberts)」とも呼ばれています。

The Shubert Organizationの歴史

リトアニアからニューヨーク州へ移民したシュベールト一家(Shubert Family)

シュベールト兄弟率いるシュベールトファミリー(Shubert family)は、元々東ヨーロッパのロシア帝国の一部であったクディルコス・ナウミエスティス(現在のリトアニアにある町)の出身で、1882年に、父ダヴィド・シューベルト(Duvvid Schubart)と母カトリーナ・ヘルウィッツ(Katrina Helwitz)が7人の子どもたちを連れて、ニューヨーク州シラキュース(Syracuse)市に移住しました。当時シラキュース市は、ニューヨーク州中部を代表する商工業都市として発展しており、稼ぎを求める多くの ユダヤ系家族(Jewish Families)がこの町に定住しました。

しかし、父ダヴィドは重度のアルコール中毒だったため働き口がなく、シュベールト兄弟は学校に通うことを諦め、幼い頃から外に働きにでることを余儀なくされます。当時10歳のリー・シューベルトと8歳のサム・シューベルトは、庶民向け小劇場の前で新聞を売る仕事を初め、この仕事をきっかけにサム達は、ミュージカルと劇場に興味を持ち初めます。

シュベールト兄弟(Shubert brothers)とベラスコ劇場(Belasco Theatre)

1921年のベラスコ劇場(Belasco Theatre)
その後、次男のサムは、デーヴィッド・ベラスコ(David Belasco)による戯曲に脇役として舞台に立ちます。ベラスコは、数多くのブロードウェイ作品を生み出した劇作家であり、「ベラスコ劇場(Belasco Theatre)」の所有者でもあり、当時のニューヨーク演劇界において影響力のある1人として、サムはベラスコの人物像と演劇様式に惹かれていきます。サムは、ベラスコの元で劇場経営を学ぶために、俳優業を辞め、ベラスコが所有するベラスコ劇場のスタッフとして活動を初めました。

これをきっかけに劇場運営に興味をもったサムは、兄弟のリーとジェイコブを連れて、パイクズ・オペラ・ハウス(Grand Opera House)のチケット売り場で働き初めますが、学校に通う事ができなかった彼らは数字を扱う業務に打ちのめされ、まず算数を勉強する事から始めました。そのかいあって、パイクズ・オペラ・ハウスの会計アシスト担当に抜擢、その後、シラキュース市のウィッティング劇場(Wieting Theatre)の会計士マネージャーにまで昇格しました。彼らは、そこで得た知識を基に、演劇の制作開発を開始し、シラキュース市を含むアップステート・ニューヨーク市に7つの劇場の運営に成功しました。
サムが先導者として劇場のリーダーリーが事業を展開ジェイコブが市外のプロダクションとの取引担当を行う形で共同運営が始まり、シューベルト兄弟による劇場運営様式の基盤が作り上げられていきました。

シューベルトオーガニゼーション(The Shubert Organization)の誕生

1900年に、シュベール兄弟は「シューベルトオーガニゼーション(The Shubert Organization)」を設立し、シラキュース市からニューヨーク市内へ拠点を移しました。同劇場運営会社を設立後、ブロードウェイで数多くの演劇を制作しながら、平行して劇場を買収するなど、当時のミュージカル業界では飛ぶ鳥を落とす勢いで進出していきました。
不運にも、1905年に当時26歳のサム・シューベルトが不運にも列車事故で他界してしまいますが、残された2人のシューベルト兄弟リーとジェイコブは懸命に団体の運営を存続し続け、1910年から1920年代に、現在のブロードウェイを代表する劇場ウィンターガーデン劇場(Winter GardenTheatre)シューベルト劇場(Shubert Theatre)インペリアル劇場(Imperial Theatre)を設立しました。1930年代から1940年代もほぼ毎年ミュージカル作品を世に出し続け、彼らは強大な劇場運営団体として、ブロードウェイ界の絶対的な存在の地位を築き上げていきます。

株式会社ザ・シューベルト(The Shubert Foundation, Inc)
リーとジェイコブスは「アメリカの生舞台芸術を進化させ続けること」を目標に掲げ、株式会社ザ・シューベルト(The Shubert Foundation, Inc)を1945年に設立しました。
株式会社ザ・シューベルトは、劇場の運営だけではなく、
①ブロードウェイで重要とされている劇場を守ること
②演劇やダンスを維持すること
を主とした目的として、利益を求めるのではなく社会的な使命を達成するための非営利組織です。現在でもシューベルト関連の舞台芸術が発展するように支援やサポートを行っています。

バーナード・ジェイコブス(Bernard B. Jacobs)によって復活したシューベルトオーガニゼーション

1953年12月25日に82歳でリー・シューベルトが他界し、1963年12月26日に84歳でジェイコブ・シューベルトが他界した後は、会長及び社長の後継ぎを決めていなかったこともあり、1950年代から1960年代は、シューベルトオーガニゼーションによるミュージカル作品の制作活動をしておりませんでした。
その後、シューベルトオーガニゼーションは、会長ジェラルド・ショーンフェルド(Gerald Schoenfeld)と社長バーナード・ジェイコブス(Bernard B. Jacobs)を跡継ぎとし、1972年にシューベルト・オーガニゼーションとして再編成しました。また活動停止していたミュージカル作品の制作に入り、「ドリームガールズ(Dreamgirls)」など数々のトニー賞受賞作品を生み出しました。

ウィンター・ガーデン劇場(Winter Garden Theatre)で行われたミュージカル「キャッツ(Cats)
今日のシューベルトオーガニゼーションは、ブロードウェイを中心として19個もの劇場を所要し、ブロードウェイを代表する運営団体として活動をしています。シューベルトの所有するウィンター・ガーデン劇場(Winter Garden Theatre)では、1982年初演のミュージカル「キャッツ(Cats)」が、それまでロングラン記録を保持していたミュージカル「コーラスライン(A Chorus Line)」の6,137公演回数を破り、2000年9月10日の終演までに47,485公演が行われ、ブロードウェイ作品において最長のロングラン記録を樹立しました。

その後、2008年に会長兼代表取締役フィリップ・スミス(Philip J. Smith )と社長兼代表取締役にロバート・ワンケル(Robert E. Wankel)がその座を引き継ぎました。2016年には、シューベルト・オーガニゼーションは、これまでずっと本社を置いていた住所:「1700 Broadway」をニューヨークの保険代理店Ruben Cosへ価格$280 million(約300億円)で売却し、現在は、ブロードウェイ街の中心とも言えるシューベルト劇場(Shubert Theatre)の前に本社を置いています。

The Shubert Organizationの業務体系

亡きサム・S・シューベルトの名を受け継ぐサム・S・シューベルト劇場(Sam S. Shubert Theatre)
シューベルト・オーガニゼーションは、ニューヨーク・マンハッタン内でオン・ブロードウェイ劇場17個とオフ・ブロードウェイ劇場2個の合計19個の劇場を所有・運営しており、その劇場で公演されたミュージカル作品のチケットやグッズ販売の売上で利益を上げていますが、それ以外にも幅広く他分野で活動を行っています。

シューベルト・チケッティング(Shubert Ticketing)

1979年から始まったシューベルトチケッティング(Shubert Ticketing)は、世界中で最も使用されているチケット会社の1つで、下請けのチケット販売会社と提携してオンラインでの自動販売やチケット窓口などで、毎年何億枚ものチケットを販売しています。シューベルトオーガニゼーションのチケッティングサービスには、旅行代理店などの第三者チケット販売会社への専用サービス、空席情報やチケット購入をオンラインから簡単にアクセスできるサービスを含めた事業を展開しています。
ちなみに、あっとブロードウェイも、シューベルトから正式ライセンスを得て割引チケットの販売をしております。

シューベルトオーガニゼーションの不動産業務

シューベルト・オーガニゼーションは、不動産や開発業者から、劇場の上の空間にホテルやビルを建築したいと問い合わせが殺到したため、約2000年から2005年までの間に所有する17の劇場の上空の開発権を売り、約$50 million(約55億円)の利益を上げています。2014年5月にはマジェスティック劇場(Majestic Theatre)の上空(約5315平方メートル)とブローハースト劇場(Broadhurst Theatre)の上空(約110平方メートル)の開発権を、約17.1 million(約19億円)で不動産開発会社のAlgin Managementへ売却しました。そこにナイトクラブのビルが建設されましたが、現在はすでに閉鎖しています。

上空の開発権の売却により多額の利益をもたらしたシューベルト・オーガニゼーションは、非営利団体として活動を行っているため、イリノイ州、マサチューセッツ州、メリーランド州にチェイス銀行の支店やバンク・オブ・アメリカ銀行の支店を置き、アトランタ州にはマクドナルドとケンタッキーフライドチキンのレストランを所有し、その他事業を展開をして劇場運営の調節をしています。

シューベルトオーガニゼーションの慈善活動

過去30年間の間、シューベルト・オーガニゼーションはアメリカにある劇場を活性化するための長期的キャンペーンとして、エネルギーと資源を節減するために、シューベルトの所有する全ての劇場やプレイハウスの改装や、市民や地域問題に積極的に参加したりと、ニューヨークのタイムズスクエアやブロードウェイ劇場街(シアター・ディストリク:Theater District)の修復や復興に貢献し続けています。

ニューヨークのユダヤ系アメリカ人

ユダヤ系アメリカ人(Jewish Americans)は、ユダヤ人系の先祖を持つアメリカ国民を意味し、その大半は中央ヨーロッパや東ヨーロッパから移住したアシュケナジ系のユダヤ人です。このユダヤ系アメリカ人の歴史は17世紀初頭から始まり、現在までにアメリカ全土人口の約1.7%~2.2%を占めており、その数は大体約5,128,000人~6,444,000人と言われています。その中でもニューヨーク市は、イスラエル圏に次ぐ世界第2位のユダヤ人密集地帯で、アメリカ国内では、ユダヤ系アメリカ人口比率が第1位の約9.1%にもなります。
また、アメリカでは、ユダヤ系アメリカ人を先祖とする著名人が多く輩出しており、世界的に知られている偉人アルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein)やメジャーリーグNYヤンキースで偉業を成し遂げたハンク・グリーンバーグ(Henry Benjamin)また、数々の名映画を制作した映画監督スティーヴン・スピルバーグ(Steven Allan Spielberg)など、ニューヨークを含めアメリカの歴史を作り上げてきた多くの偉人がユダヤ系アメリカ人家系出身です。

1820年代のユダヤ系アメリカ人(Jewish)の移民局の広告
ユダヤ系アメリカ人の代表的な所属として、ドイツ系ユダヤ人東欧系ユダヤ人に分かれます。英語を取得して急速なアメリカ化を遂げていたドイツ系ユダヤ人は、アッパーイーストサイドやアッパーウェストサイドなどいわゆる高級住宅地エリアに定住し、これに対して、イディッシュ語を話す東欧系ユダヤ人は、マンハッタンの南東部(現在のイースト・ビレッジ)に定住していました。この東欧系ユダヤ人が持ち込んだイディッシュ文化は、イースト・ビレッジ地区に複数の劇場からなるイディッシュ劇場街(Yiddish Theatre District)を建設し、ブロードウェイにも大きな影響を与えました。イディッシュ劇場街の傘下元にあるオルフェウム劇場(Orpheum Theatre)や映画館は、現在もイースト・ビレッジにて運営をしています。

ハリウッドやウォール街そしてブロードウェイなど多分野の業界で活躍する彼らユダヤ人は、元々東ヨーロッパで多くの差別や迫害を受け、生き延びる知恵として「空腹のときは歌え。傷ついた時は笑え。」という教えを抱きながらアメリカに渡ってきました。そんな苦境を体験した彼らは、生きるためにまず自分たちの居場所を作ることを原動力とし、生き抜くための知恵やユニークな発想そして創造力を長年に掛けて養いました。その結果、今までにない新しい技術・科学・発想を生み出だし、アメリカ国内で、金融・映画・テレビ・広告・ミュージカル・演劇などの幅広い分野でアメリカ経済の基盤を作り上げ、自分たち人種の存在を世界に知らしめることに成功しました。イディッシュ劇場街から始まったユダヤ人によるブロードウェイミュージカル文化は「生きることを諦めず、悲しい時こそ隣の人と笑い合おう」といった彼らの歴史背景から生み出されたエンターテイメントととも言えます。

The Shubert Organizationが所有する劇場リスト

オフ・ブロードウェイ

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