ブロードウェイへの道標 Vol. 4.2 -【3万字超え】世界随一の音を作るエレクトロニックデザイナー ヒロイイダさんへのインタビュー

ブロードウェイで活躍する日本人ヒロイイダさんにインタビュー

ヒロ・イイダさん。MJのリハーサルにて

エレクトロニック・ミュージック・デザイナーとしてブロードウェイの第一線で活躍するHiro Iida(ヒロ・イイダ)さんのインタビュー、後編。後編ではブロードウェイの魅力やブロードウェイの仕事の裏話をインタビューさせて頂きました。

ヒロさんの経歴を紹介しているインタビューの前半はこちらからお読み頂けます。前編~後編通して、かなり読み応えのある感動的な内容となりましたので、ぜひお楽しみください。

ブロードウェイの楽しさは、新しい作品を一から作れること。お客さんの反応を見るのがいつも楽しみ

ブロードウェイで活躍する日本人ヒロイイダさんにインタビュー

ミュージカル『グレートギャッツビー』のアルバムレコーディングの現場

──ブロードウェイで働く楽しさと厳しさを教えて下さい

「ブロードウェイで働く楽しさは、まだ誰も見た事がない新作に関われることです。リーディングや投資家向けのリハーサルなどでまだ世に出る前の作品を観て、お客さんが入ったら凄いだろうな、早く見せたいな、と思いながら制作するのとても楽しいですし、これから世界中の人たちが見るであろう作品を一から作れるのはブロードウェイならではだと思います。 一方、演出、音響、照明含め、全ての分野でトップレベルのスタッフが集められ、最高の作品を作ることに集中するため、自分が足を引っ張れないというプレッシャーもあります。代わりがいくらでもいるニューヨークで、プレッシャーに向き合いながら、全員を納得させられる技術を魅せ続けるのが楽しくもあり厳しくもあります。」

──仕事で達成感を感じるのはどんな時ですか?

「ブロードウェイの世界に入って最初の1年間は何が面白いか分からずにやっていました。元々ミュージカルは嫌いでしたし、言い方は悪いですが、お金が入るからやっている感じでした。『スパイダーマン』の制作で新しい技術を使って新しいことができるという楽しさはありましたが、それ以上のモチベーションはなくて、やっぱりプロレスの音楽を作っている方が楽しかったのです。

そんな心持ちでやっていたある時、ミュージカル『シュレック』のナショナルツアーでワシントン州の小さな田舎町の劇場に行きました。アメリカの文化の面白いところは、”え、こんな所に!?” というような田舎町に日本の公民館のような感じで立派な劇場があるところ。そういう劇場でブロードウェイのリハーサルやテクニカルリハーサルをやって、更には実際にその町の人たちを観客として迎えてリアクションを確認する、というのがよくあるパターンです。

そんなワシントン州の小さな町の人たちに『シュレック』を上演した時の話です。都市からも遠く離れた田舎町の人たちってミュージカルに馴染みがないので、劇場マナーも分かっておらず、上演中に立ち上がったり喋ったり写真を撮り出したりとか、とにかくもうむちゃくちゃで。ですが、彼らにとってミュージカルが新鮮な分、観劇をしている時の喜怒哀楽の振り幅がすごく激しくて。楽しい場面は立ち上がって爆笑したり、悲しい場面はみんな泣いたり、シュレックと一緒になって怒ったり、そんなお客さんたちを目の当たりにして、ミュージカルを作る仕事って凄く面白い仕事だなと思いました。

自分が作る音で人の感情をこんなにも動かせるんだと気が付いて、そこからやりがいを感じて仕事が楽しくなってきました。今では、制作段階から “これ、お客さんが入ったらどうなるんだろう!?” と考えてワクワクしますし、実際にお客さんが入った時はあえて休憩時間に劇場内をウロウロしてお客さんのリアルな反応を聞きに行ったりしています。みんなそれぞれ、ここは全然良くなかったとか好き勝手言っていたり、つまらないと帰っちゃう人もいるし、逆に同じ演目でも “ベストミュージカルだ” とか言う人もいる。その時間が好きですし、反応が良かった時には達成感を感じます。」

世界最高峰の舞台芸術の街、ニューヨーク。超一流の “凄さ” を感じながら舞台を観るとより感動する

ブロードウェイで活躍する日本人ヒロイイダさんにインタビュー

ミュージカル『MJ』の一場面 (Photo by Production)

──ニューヨークの魅力は何だと思いますか?

「刺激のある街であることです。ニューヨークは色んな分野で世界一のものが集まっていて、尚且つこの狭いマンハッタンの中からどんどん新しいものが生み出されています。だから新しいものをクリエイトするには、本当に良い街だと思います。また、西海岸の人と比べると東海岸の人達は正直でストレート。それがキツく感じることもありますが、オブラートに包んでいるようなコミュニケーションよりはニューヨーカーのストレートなコミュニケーションの方が僕は好きですね。

あと舞台芸術の分野に関して言えば、アメリカにはニューヨークしか演劇の街はないと思います。同列でロンドンのウエストエンド。ショーという意味では、ラスベガスもカウントして良いでしょう。やはり常に新しい作品が生み出されて、それが毎日上演されている劇場街があるというのは、その分だけ舞台芸術に触れられる機会も多く、働くチャンスも増えますよね。」

──そう思います。ニューヨークは、住んでいてどうでしょうか?

「車を使わないだけでも住みやすいですし、世界中の美味しい食べ物があるから食事にも困らなくて、もはや他の街には住めないくらいニューヨークは居心地が良いです。ただ、ニューヨーク=アメリカではないかなと思います。市民のリベラルな考え方とか、LGBTへの考え方とか独特なところがありますし。自由度が高く、極端に周りが違っていても誰も気にしない、Who cares?な所がニューヨークの好きなところです。」

──ブロードウェイの魅力は何だと思いますか?

「やっぱりまとめて言うと、世界最高峰の芸術を毎日見れることです。役者も制作チームも超一流の技術を集結して作品が出来ています。ただ、この “凄さ” を一度で感じられる方、感じられない方がいるのも理解できます。特に時間の無い観光客の方は、一つ、二つの舞台を見て判断することになるので尚更です。

舞台って分かりづらいのですが、例えば、ヤンキースの試合を一試合見て、ヤンキースがボロ負けしたからって、ヤンキースの選手たちが駄目というわけではないのと一緒です。メジャーリーガー達が世界最高峰の選手の中で物凄い訓練をして、9人のレギュラーに選ばれて、ようやく試合に出場しているというバックグラウンドを知っていると、試合の結果だけが判断材料では無くなるのです。舞台もこの例えと同じで、役者も技術者も、どの分野の人たちもそれぞれが狭き門を勝ち抜いて選ばれた “メジャーリーガー” だという自信と責任を持ってやっています。

ブロードウェイで働くというのはそういうことなんですよ。大谷翔平選手と同じで、技術を振りかざして与えられた仕事をやってるだけでは駄目で、例えばインタビューを受けて情報を提供するとか、ブロードウェイの魅力や技術を伝えていって、業界の未来へ繋げる義務があるものだと思っています。実際、ブロードウェイの良さを知ってもらおうと責任を感じながら作品を作っている人ばかりです。そんなプロフェッショナルな人達が、舞台芸術へのリスペクトを持って創作しているところがブロードウェイの魅力かなと思います。その “凄さ” を総合的に見て頂けると、より感動も増すかもしれません。」

──ちなみに、好きなブロードウェイミュージカルは何ですか?

「好きなブロードウェイミュージカルですか、、。 自分が作った作品の中では『シュレック』と『ヤングフランケンシュタイン』は好きでした。作る側だからこそ、観劇する時は何にも考えずに笑って見られるような作品の方が好きかもしれません。メル・ブルックス監督の『プロデューサーズ』みたいに、カラッと笑える作品が好きです。」

要チェック!ブロードウェイの音響・照明・役者・劇場の凄さを知ると、より面白く観られます

ブロードウェイで活躍する日本人ヒロイイダさんにインタビュー

ミュージカル『グレートギャッツビー』の一場面(Photo by Production)

──もう少し、細かい質問をよろしいでしょうか。ブロードウェイの音響・照明の凄さを教えて頂けますでしょうか?

「ブロードウェイの音響・照明は、作品ごとに一から機材を組むことが出来るのです。1つの作品が終わった後、劇場の舞台の下の機構や、床下のセットなどを全てをまっさらにします。そして新しい作品を作る時に全て組み直すのです。ここが日本のロングランでない公演やツアーの公演と大きく異なる点です。”劇場を丸々借りてその作品のためにゼロから作る” ことが出来るのが、ブロードウェイの強みですし、他の土地で全く同じものを上演することが出来ない理由です。

まっさらの劇場に、サウンドデザイナーやライティングデザイナーといったプロが機材を選び、設計図を作り、配置や配線を考え、物凄い時間をかけて音響システムや照明システムをデザインします。ブロードウェイで言う “サウンドデザイナー” は僕のような音を作る人ではなく、スピーカーの配置や配線の設計図を作る人のことを言います。電気や物理、音響工学を大学でアカデミックに学んでいる人にしか出来ない仕事なのです。

照明の場合は、舞台上に映される映像のビデオデザインにも注目すると面白いです。ビデオデザイナーとライティングデザイナー、セットデザイナーが協力して映像と照明を調節して、一見、”これも映像なの!?” というものまで映像で表現していたりしています。ハロゲンランプではなくLEDを使うようになってから、色の出方や光の種類が大きく変わりました。照明や映像の技術も日々進んでいます。」

──どうしてもミュージカル初心者だと役者さんに集中してしまいますが、色んなプロフェッショナルな技術が組み込まれているのですね

「ブロードウェイの場合は、一から新しいものを作る時、新しい技術を導入出来る技術力と経済力があるのも強みです。ショーのために新しく何かを開発する投資を惜しまない。例えば2021年初演の『MJ ザ・ミュージカル』の場合、キャスト全員が耳の後ろにGPSを付けていて、舞台上のどこにキャストがいるかを検出できるのです。だから、そのキャストの動きに沿って音を自動検出して、映像や照明をオートマチックに動かすことが出来るのです。人の動きと映像が合ってるから、よりイマーシブというか、リアルに見える。また、自動で動かすことでエンジニアの手が離れるので、他のことに集中できるという利点もあります。」

──ブロードウェイの経済力が技術をどんどん進めているのですね

「こんな技術があったらもっと良くなるな、というものを、やってみましょうとプロの人たちが集まってどんどん挑戦している世界です。これは劇場にシステムを組み込まないと挑戦出来ないことも多いので、これは劇場のセッティングが一から出来るブロードウェイならではでもあります。」

──ブロードウェイの役者さんの魅力はどんなところですか?

「ブロードウェイの役者は、主役級のキャストもオーディションをしていて、役が最初から保証されている人は1人もいません。もちろん、ヒュー・ジャックマンとかサットン・フォスターなどセレブリティがその人ありきの公演を期間限定でやる、というのでは話は別ですが、そういった例外以外では、基本的には “この役者がいるから『グレートギャッツビー』を作っている” とかではなく、『グレートギャッツビー』を作る上で誰がいいかとオーディションをして、それを勝ち抜いた人がキャスティングされています。そのショーに最も合った人が選ばれている、ということを感じながら観るとより面白いかもしれません。」

──ブロードウェイの劇場の魅力はどんなところですか?

「音の響き方という観点から言うと、圧倒的にブロードウェイの劇場は音の響きが良いです。ブロードウェイの劇場は、天井が丸く、席もカーブしていて、屋根裏のスペースや、席が無いスペースなど一見無駄なスペースが多いです。また、劇場内のゴテゴテの装飾、シャンデリア、石像など空間に凹凸を作る要素も特徴的。要するに、直線がないのです。日本の劇場が四角い多目的ビルの中の、四角いスペースに直線の席を置いて、天井もまっ平であることに比べると違いは歴然です。

注目すべきは、1つも平行面がないことなのです。音ってピンポン玉みたいに平行な面をトラップするのです。だから、平行な場所では同じ方向にポンポンポンポン跳ね返るだけ。一方、丸い天井とかカーブや壁の装飾が多い劇場は、音が乱反射するように広がるのです。だから、良い劇場やレコーディングスタジオ、コンサートホールというのは、必ず音が乱反射するように出来ています。音が良い意味で乱反射するから、自然で綺麗な残響が残るのです。それをコンピューターのシュミレーションなどの技術が無い時代から考えて作っているから歴史って凄いですよね。ブロードウェイの劇場が多目的ではなく劇場のための建物であることも、良い演劇に特化した構造が実現されている理由でしょう。

日本は多目的のビルに劇場が効率良く入っていることと、もう1つは歌舞伎が出来るように作られた劇場が多いのです。歌舞伎って昔の絵巻物みたいに、画面がパノラマ。だから天井が低くて横が長くて、主役が前で台詞を言っているのに音が違うところから聞こえてくるような構造で良しとされています。ミュージカルはそうもいかないのです。

1つ、東京の日生劇場は壁に装飾があり、ぐにゃぐにゃとしていて、音が乱反射しているので好きです。中2階のグランドサークル席の後ろがすぐ壁で、その席は音が良くないのがちょっとマイナスですが、、。

ブロードウェイの劇場は、2階席も前列はステージから近くて天井も高いので音が良いです。劇場の作りと、音の質や残響にも注目すると面白いです。」

──特に好きなブロードウェイの劇場はありますか?

「ニール・サイモン劇場は凄く使いやすいなと思います。サイズ的にちょうど良いのと、音も綺麗だと思います。他のブロードウェイの劇場も良い劇場ばかりです。歴史がある分、古いし席も狭いし、設備も行き届いてないなどのマイナス点もありますが、クラシックな雰囲気があるから始まる前から非日常を感じられるのは良いですよね。あとは壁や柱の彫刻や、シャンデリアなどのデザイナーのこだわりが詰まった部分も注目すると面白いです。それぞれの劇場にテーマがあって、建築様式や装飾も全然違いますので。」

新しいことにチャレンジしない作品は評価されないしつまらない、とされる世界

ブロードウェイで活躍する日本人ヒロイイダさんにインタビュー

携わった作品のマグネットコレクション。どの作品もマグネットがあるので記念にコレクションしているそう

──これからの目標はありますか?

「新しいものを作ることです。僕は、プレイビル(Playbill)に名前が載っていく、また僕のページに作品が増えていけば、それで良いと思っていて。というのも、以前『王様と私(King and I)』のリバイバル公演の音作りをやった時に、プレイビルに1950年代の初演の時にオリジナル作品を作った人たちの名前も載っているのを見て、40年後、50年後に再演された時にオリジナル作品の制作陣として自分の名前が残るのも良いなと思ったのです。

だから、新しい作品に関われる人でい続けたいです。ミュージカルって作品によって時代設定も話の内容も違いますし、同じミュージカルって二つとないですから、どんなミュージカルも一から作るのはチャレンジングなのです。技術的に、音楽的に今までにないことをやろうとチャレンジする度合いが大きくなればなるほど楽しいですし、逆に何もチャレンジせずに今までと同じ手法をなぞるのが一番つまらないですね。

昨年、『グレートギャッツビー』がトニー賞から見向きもされなかったのは、確かに素晴らしい作品で、キャストも豪華で、歌にダンスに色んな要素がてんこ盛りなのですが、新しいことを何にも一つもやってなかったのです。昔ながらのミュージカルの手法を使って、ただそれをゴージャスに今風に作っただけだと、目新しさが無く、目の肥えた関係者のお眼鏡にはかなわなかったのですね。勿論、素晴らしい作品であることには違わないのですが。」

──目新しさがないと評価されないしやりがいもないとは、常に最先端を行くブロードウェイらしい感覚ですね

「そういう意味では『MJ』は楽しかったです。『MJ』は、そもそもマイケル・ジャクソンが世界的なスターで、物凄い数のファンを抱えているというプレッシャーがありました。意識をすると街のあちこちからマイケル・ジャクソンが聞こえてきて、1回気になりだすとマイケル・ジャクソンを聞かない日はないのではないかと思うくらいでした。そんな誰もが知る大スターの音楽を扱うのは、ある意味恐ろしいことです。ミュージカル『MJ』を観劇する前からマイケルの曲を知っていて、マイケルの歌声で耳が肥えた人たちが劇場に来てミュージカル版の音楽を聴いた時に、納得してもらえるものを作らなければいけない。ものまねショーだと思われてはいけない。更には、期待以上のもので驚かせなければいけない。そういう不安を越えた怖さがずっとありました。

だからこそ、その怖さとプレッシャーの中で作った音が評価されて、その作品が続くというのは嬉しいし達成感があります。そんな最先端の新しい作品に携われるのはニューヨークならではかと。競争率も高いこの街で、新しい作品の音作りを任される人であり続けたいですね。」

ヴェートーベンがぶち壊した音楽の歴史の果てと、ブロードウェイのこれから

ブロードウェイで活躍する日本人ヒロイイダさんにインタビュー

ミュージカル『ワンダフルワールド』の一場面(Photo by Production)

──ブロードウェイの進化について、ヒロさんはどうお考えですか?

「新しいことを取り入れて進化させていこう、という風潮は『ハミルトン』以降加速したように思います。しかし歴史的にも、いわゆるアートと言われるものは、他と同じものをやっても後世に残らないのです。例えば、ベートーヴェンの時代にベートーヴェンのような曲を作る人は多分たくさんいたと思います。だけど1人も歴史的に生き残ってないから僕たちは聴かないですよね。ベートーヴェンと同じことやってた人たちは、どんなに優秀でもその瞬間しか評価されないのです。アートってどんどん進化するので、その進化の途中に先人と同じようなことをした人たちはその時代で消えてしまうのです。」

──リアルですね。現代の音楽にも通ずることだなと思いました

「音楽の場合は、歴史上、元々は原始人が骨とかをぶつけ合ってリズムを作るところから発生し、時代が流れて人間が建物に住むようになると音楽に “残響” が生まれました。それがかやぶきや木製の家から石で建物を作るように進化すると、”残響” が長くなり、今まで単旋律だったものが副旋律になってハーモニーが生まれました。ちなみに、ハーモニーは石造りの建物でないと出来ないため、木や土や紙で出来ている建物しかない日本にはハーモニーが存在しませんでした。

当時、ハーモニクス=倍音を作れるような大きな建物は教会かお城しかなかったので、音楽は貴族や教会のものでした。ただ、そこから発展して、庶民に広がり、試行錯誤してサロンや小さな劇場でも生み出せる新しいハーモニーを作り出したことで、ハーモニーがどんどん複雑になっていきました。更に、ワーグナーのような和声(西洋音楽理論)が出てきたり、近代音楽ではもっと複雑化して、ついには現代音楽になるとハーモニーが無調整の世界、つまり不協和音の世界に変化していって。その不協和音が行き過ぎると、ジョン・ケージの『4分33秒』という曲のように最終的に全てが休符の音楽、つまり音が無くなってしまう。音楽はそこまで行き着いてしまったのです。」

──音楽の歴史ですね。おもしろいです!

「古典派時代、凝り固まっていた音楽の型に最初に反旗を翻したのがベートーヴェンでした。彼は反権威主義者で、教会や王室のハーモニアスな音楽を破壊しようとしたのです。シンフォニーにコーラスを入れたりと当時としては非常識な音楽を作り、長い間壊されなかった音楽のルールに切り込んでいきました。だから、ベートーヴェンの音楽は人々に物凄い印象を残しましたし、現代まで聴かれ続けています。

ブロードウェイミュージカルも同じように、新しいことをやらないと埋もれるようになっていて、日々進化しています。だから、『ウエストサイドストーリー』などが誕生した時代の人達が、ヒップホップを取り入れ、人種の壁も打ち破った『ハミルトン』を観ても、ミュージカルと認めるかどうか分かりませんし、50年後のミュージカルが今の僕たちには想像もつかないものになっているかもしれない。進化を楽しみながら最高のステージを追い求められたら良いですね。」

『MJ』制作秘話──長いプレビュー期間とマイケル・ジャクソンが憑依したようなカンパニー

ブロードウェイで活躍する日本人ヒロイイダさんにインタビュー

全てのマイケル・ジャクソンに関連するシンセサイザー奏者。皆レジェンド奏者。左から順に:マイケル・ボディッカー(『ヒストリー』『ブラック・オア・ホワイト』)、アミン・バティア(『スリラー』)、ヒロ・イイダ(『MJ ザ・ミュージカル』)、そしてスティーブ・ポーカロ(ロックバンド”TOTO”のメンバー。『ヒューマン・ネイチャー』の作曲者)

──マイケル・ジャクソンの楽曲制作に携わったシンセサイザー奏者の集合写真(上の写真)、凄いメンバーですね

「この写真、シンセサイザーの生みの親で、音楽史を変えたと言われるDr.Robert Moog (モーグ博士、日本ではムーグと発音します)のBob Moog Foundationという財団の総会で撮影したものです。世界から40人、著名シンセシストがアドバイザーとして選出されるのですが、僕がアジア人で唯一、シアター関係者からも唯一選出されています。年に一度の総会で、”マイケル・ジャクソンに関係した人達で記念写真を撮ろう” ということで撮りました。

このような場で、アジア人のシアター関係者である僕は結構目立ちます(笑) やはり割合的に日本人、アジア人はかなり少ないです。」

──世界トップレベルのご活躍をより感じました。そんなヒロさんが手がけたミュージカルを日本人の方に見て頂きたいなと思っています。ヒロさんが手がけた作品の見所を教えて頂けますでしょうか

「ミュージカル『MJ』は、マイケル・ジャクソン財団の人たちに全ての音を聞いてもらって、彼らが納得する音を作っています。『MJ』はミュージカルなので、レコードからサンプリングしたりコピーはできず、あくまでも一から音を作らなくてはいけません。かも生演奏でと決められているブロードウェイだから、ライブで演奏しなくてはいけません。その上、『スリラー』だったらこの音、と『ビート・イット』だったらこの音、とマイケル・ジャクソン財団で決まっており、レコードそっくりかどうか確認が入りまして、無事にお墨付きをもらっています。

──マイケル・ジャクソンの音をそのまま使ってはいけないのに、オリジナルの音に寄っていなくてはいけないとは至難の業ですね

更に難しいことに、マイケル・ジャクソンは1980年代のアーティストなので、当時の音楽を現代の劇場で流すと音が少なく、シンプルに聞こえてしまうのです。なので、現代の人が劇場で聞いて納得の行くよう、ショーに合わせてある程度底上げした音を探り、音をデザインしています。ただ、やりすぎるとオリジナルと違ってしまう。『MJ』を見に来る観客の半数以上は、マイケル・ジャクソンの楽曲を聞きまくっているファンの人たちですし、そんな方々が世界中からニューヨークに旅行に来て、1つだけミュージカルを観るという時に『MJ』を選んでくれているのです。絶対に違和感を感じさせてはいけないし、納得してもらわなければいけません。」

──ショーに合うように音をデザインしつつ、マイケル・ジャクソンのファンに納得してもらう、というのは高いハードルですね

「そう、難しいのです。プロデューサーには、”なるべくレコードと同じように” かつ、”アレンジが必要な部分は、観客の期待を上回るような作り方をして欲しい” とリクエストされていました。めちゃくちゃ身が引き締まる仕事でしたよ。音の精度がレコードそっくりか、もしくはレコード以上のものになってるか、という部分は僕的には『MJ』の音響の聞きどころです。そこが少しでもずれてるとマイケル・ジャクソンのコピーバンド、あるいはマイケル・ジャクソンのそっくりさんショーになってしまう。ミュージカル『MJ』は、本家であるマイケル・ジャクソン財団がオフィシャルで制作に関わっているミュージカルなので、コピーバンドに見えてはいけないのです。

そんな多方面からのプレッシャーの中で制作するのは大変でしたが、オープニング公演の時、マイケル・ジャクソンの財団の人たちから、”マイケルが生きてたらこの音で納得すると思う” と言葉をもらったのです。その時、”頑張りが報われた” と誇らしい気落ちになったのを覚えています。」

──これ以上ない賞賛の言葉ですね。マイケル・ジャクソン財団の人たちは、彼が生きている時からいた方々なのでしょうか?

「そうです。マイケルのコピーライトとか、権利を財団で確保していて、亡くなった後もマイケルの映像、音楽の著作権など全てを管理してる会社です。その方々から、”マイケルが生きてたらヒロの音で納得してると思うよ” って言われたのはとても嬉しかったです。

あとは、マイケルの息子さんのプリンス・ジャクソンから “お父さんのミュージカルをちゃんと作ってくれてありがとう” と言われたのも良かったです。それでようやく、マイケル・ジャクソンを聞き倒してる人たちをどう納得させるかという恐怖から解放された気持ちになりました。」

──『MJ』の裏側にそんなエピソードがあったとは。ロンドン、シドニー、ハンブルクでも公演が始まり、ヒロさんの代表作と呼べると思うのですが、他にエピソードはありますか?

「『MJ』の制作過程について、もう少し面白い話をしましょう。『MJ』はプレビュー期間が特別に長い作品でした。プレビュー期間とは、オープニングの前にお客さんを入れて最終調整をする公演の期間です。プレビュー期間は通常1か月ほど設けられ、最初の3週間で変更や調整をして、最後の1週間で全ての部署でこれ以上変更が無いことを意味する “フリーズ(Freeze)” 宣言というものがプロデューサーから出され、フリーズ宣言後の1週間は変更なしの同じ公演をやってブラッシュアップして、晴れてオープニングデーを迎えるという流れとなります。フリーズ宣言以降に何かを変更するには人件費が新たにかかります。僕もフリーズ後の段階でデータをバックアップして、現場の人に操作の仕方を指導して、劇場にも行かなくなっていく…というのが普通の公演までの流れです。

しかし、『MJ』は特別でした。プレビュー期間が最初から2か月と決められていたのです。プレビューを通常の倍の期間やるということは、その分スタッフやオーケストラの人たちも倍の期間契約しなくてはいけないですし、しかも『MJ』はフリーズデー(フリーズ宣言をする予定の日)が決められていなくて、いつまで調整をするのか分からない状態でした。結局どうなったかと言うと、60公演のプレビュー期間の最終日、明日オープニング、という日まで音響、照明含む全ての分野の人たちが全員残って(通常は調整が終わるとどんどん人が抜けていきますが、『MJ』は最後まで見事に全員残っていました)最後の最後まで調整を続けていたのです。その時、皆が “マイケル・ジャクソンが乗り移ったみたいだ” とか “絶対明日良くなるのが分かるから修正を止められない” と口々に言っていたのを覚えています。

僕も含め、皆完璧主義にハマっていました。実際、僕が2幕のボブ・フォッシーと踊るシーンに最終変更を加えたのはオープニングの前日でした。”こんな細かい所は絶対お客さん気付かないだろう” と思うことも、最後の最後まで突き詰めていました。面白かったのは、最終日、きっと誰も気付かないだろうな、と思っていた変更にダンサーの1人が “ヒロ、あそこ変えただろう” と気付いてくれたことです。”分かった?” と聞いたら、”あれで全然良くなった。何か欠けてたピースがはまった気がして凄く良かった” と言ってくれて嬉しかったです。『MJ』は全ての部署がマイケルが乗り移ったかのように、完璧を目指して作り上げていましたね。マイケル・ジャクソンも、レコーディングの時、妥協を一切許さず延々とやっていたそうです。『MJ』という作品で、チーム全体で2か月のプレビュー期間をこだわり抜いたのは強烈に記憶に残っていますし、結局、始まる前は “60日もあるのか~” と思っていたプレビュー期間はむしろ足りなかったというか、これで良いと終わらせられたような形で終わりました。お客さんにはそこを感じながら見て頂ければ嬉しいですね。」

──『MJ』の制作秘話をありがとうございます!新しく開幕した他の作品のお話も伺っていきます。グレートギャッツビーの見どころはどんなところでしょうか

「2024年に開幕した『グレートギャッツビー』は、ギャツビーの豪華な世界観が見どころです。時代設定が1920年代の舞台ですので、弦の音にしても、キーボードから出す音にしても、あの時代の雰囲気に合っている音作りを気を付けました。オーケストラの規模も大きいです。音だけでなく、ダンスや振り付け、映像など全てにおいてあまり現代風にならないよう、時代設定に沿ったものをと考えられています。」

──ワンダフルワールドも素晴らしかったです

「『ワンダフルワールド』は、オーケストラが小編成で、弦楽器がいないのです。つまり管楽器しかいないのですが、一番見どころのタイトル曲『ワンダフルワールド』だけレコードでも弦楽器が出てくるのです。従って、弦の音をキーボードで作らなくてはいけなかった。MJと同じく何万回と聞かれているレコードで、日本人でも知っている人が多い曲ですから、その音が偽物だと全てが台無しにしちゃうわけで。弦がいないオーケストラの代わりに、キーボードでそれを表現しなきゃいけないっていうのはとても敷居が高く怖いことなんですね。その分やりがいもありました。」

恩恵は次の者へ。アメリカで、ニューヨークで培った技術や経験を伝えることを惜しまない理由

ブロードウェイで活躍する日本人ヒロイイダさんにインタビュー

ミュージカル『MJ』の初日プレミアにて(ブロードウェイ)

──ヒロさんは次世代の役者さんや技術職を目指す人達と沢山コミュニケーションを取っていますね

「2024年10月にミュージカル『進撃の巨人』のカンパニーがニューヨークで公演を行った際、出演者の方に知り合いがいたので、『MJ』のバックステージを案内しました。当日は日本人の役者さんたちがなんと10人くらいで見に来てくれて、終演後に舞台の上まで案内しました。舞台の上に立って “これがブロードウェイか” と感動してくれました。”今日の公演のマイケル役はアンダースタディ(代役)での公演だったのですよ” とか、”このキャストたちがほとんど出ずっぱりの舞台を週8回、ずっと公演しているんですよ” とか、裏側の解説も真面目に聞いてくれて、その場にいた半分ぐらいは “あのクオリティで代役!?” “自分たちと全然違うんだ” とショックを受けている様子だったのを覚えています。

メジャーリーガーの凄さは野球をやっている人の方がより分かります。小さい頃から野球をやっていて、松井、イチロー、大谷クラスのトップの人たちの凄さと大変さを野球に触れたことがない人よりは分かっています。今回、『進撃の巨人』のカンパニーの方々がブロードウェイの舞台に立ったのは、例えるならその凄さ分かる人がヤンキースタジアムに来て、キャッチボールしたようなものなのだと思います。その上で、ここで野球やってみたいという思う人と、これは自分にはできないかもしれないっていう人がいるけども、実感として得るには立ってみないと分からないものです。

彼らも自分も舞台に立っているからこそ、物凄い熱量で舞台をずっとやり続けることの凄さを深く実感したのでしょう。実際、見に来てくれた役者さんのうち2人ぐらいから “ニューヨークで凄いものを見てしまい、自分の目標があの場所だと気づきました” という連絡が来ました。」

──さっきまで見ていた舞台の上に立てるのは凄い経験ですね!そのようにお世話をしようと思ったきっかけはあったのでしょうか

「バークリーにいた時、アリフ・マーディンという70年代に大活躍したトルコ人のプロデューサーの方が講演をしに来ました。アリフはバークリーを卒業し、その後アレンジャーとして頭角を現し、最終的にA&Mレコード(現アトランティックレコード)の副社長までなった人です。その年、アリフはチャカ・カーンのアルバムのプロデュースでグラミー賞を取り、すっかりグラミーの常連として名声を得ていました。バークリーには、功績を残しているバークリー卒業生のアーティストが1日限定とか、1週間限定など、学生にレクチャーをしに来るという時間がありました。あの天下のアリフ・マーディンがレクチャーしに来るというので楽しみに見に行ったのです。

そしたらなんと、アリフは発売されたばかりで大ヒット中のチャカ・カーンのアルバムのマルチトラックを全部持ってきて、ボーカルのトラックを一から全部解説してくれたのです!信じられないくらい勉強になる、というのは勿論、アリフ・マーディンのような大物が今まさにヒットしているアルバムのマルチトラックを持ってきてレクチャーするっていうこと自体、本当に凄いなと感動しました。

また、その時大御所アーティストの方って凄いなあと思ったエピソードを1つ。当時、バークリーの生徒の中ですごく人気のある女の子が2人いて、1人はちょっとぽっちゃりちゃんだったのですが、学生コンサートのトリで歌うくらいの実力者でした。もう1人も同じく歌手の子で、歌はまあまあですがモデル級にスタイルが良く、エキゾティックな顔していて綺麗な子でした。それで、そのぽっちゃりした歌の上手い子がアリフ・マーディンに “歌は上手くなくてはダメですよね” と質問したのです。要はその子はそのモデルみたいな女の子に物凄く対抗心があったのですね。ただ、その問いに対してアリフは “残念ながら現実世界では、見栄えの良いシンガーの方が選ばれます” と言ってのけたのです。「歌が上手い上手い下手っていうのは後からついてくるもんで、人はジャケットやミュージックビデオを見て買うのです」って驚くほどバッサリと、ハッキリと言ったので、みんなシーンとしちゃって。質問をした彼女はとても歌が上手くて人気者で、キャラクターも良かったし、ただちょっとおデブちゃんだったから、その回答はその場の空気が止まるくらい衝撃的でした。そのハッキリと言い切る回答を聞いて、「プロってすごいなあ」と思ったし、自分もそうなりたいと思ったのです。立場が逆転したときに、あのアリフ・マーディンのようになりたいと。

例えば僕も今、日本に行くといろんな音大から非常勤講師や講義をやって欲しいとお声がかかります。仕事の関係上全ては出来ませんが、出来るだけ色んな場所で定期的に講義が出来るよう引き受けています。それはアリフ・マーディンを見た時の記憶があって、僕もブロードウェイで仕事がどんどん増えてきて、次世代に還元する立場になったのかなという考えからです。

また、ある時に僕のバークリーの恩師であるDavid Mashに “そろそろヒロに会いたいと言って来る人たちが来るはず。そしてその人たちに会ってあげるのも自分の義務だと思うこと” と言われたのです。彼はそういうことを強く言う人ではありませんが、自分なりに彼からのメッセージと捉えました。僕が人に憧れられるような立場になっていて、ブロードウェイを目指したいとか、音を作りたいと夢見ている人たちの話を聞いたり質問に答えてあげられるなら、引き受けようと思ったのです。そうすることで別にそれで損をすることはないですし、次世代の人たちがこの舞台を目指したいと思って刺激になるならやる意味があると思っています。その方たちが入ってきて競争力が上がるならもっと良いことですしね。」

ニューヨークはチャンスがまわってくる街。メジャーリーガーのメンタリティでチャンスを掴む力をつけることが大事

ブロードウェイで活躍する日本人ヒロイイダさんにインタビュー

ミュージカル『MJ』の初日プレミアのレッドカーペットにて(ロンドン)

──ニューヨークやブロードウェイで活躍したいと思っている挑戦者の方々にメッセージはありますか

「現実的な話ですが、アカデミックな勉強が必要です。アメリカでは、現場叩き上げみたいな人はいません。照明も、コスチュームデザインも、ステージマネージャーもみんな大学でアカデミックに舞台のことを勉強して、共通言語を持って初めて世界に足を踏み入れています。

ビザを取るためにも、まずは学位が必要です。ここが日本と違う点ですね。また、日本では師匠がいるチームに所属していれば仕事が回ってくる、ということもありますが、ニューヨークでは個人戦です。所属は関係なく、”その人” だから選ばれて、任される。だから、人と違う手法で、より斬新で新しい表現方法でアピールしていかないと埋もれてしまいます。

ニューヨークはチャンスが回ってくる街です。回転寿司みたいに、チャンスは回ってくる。なので来る前にチャンスを掴む力をつけてきて欲しいのです。プラス、自分の逃したチャンスっていうのは簡単に奪われる世界です。チャンスが回ってきた時に力ずくで掴む力が大事になってきます。それは、歌が上手いなどの本筋の実力とは違うかもしれません。ビザがあるとか、スケジュールが空いているとか、全部が整ってない限りは回ってきたチャンスはモノにできない。ただ、いくら環境が整っていてもここで働いてる人たちは皆メジャーリーガーだという意識で働いてるので、その中に入ってくる以上、メジャーリーガーのメンタリティで入って来ないと負けちゃうし、やっていけないし、続かないよ、とは思います。シビアなアドバイスですが。」

──最後に、ブロードウェイに興味のある日本のミュージカルファンにメッセージをお願いします

「作品が出来るまでの道のりにも価値があります。その作品のためにオーディションをして役者を選んで、その作品のために劇場を改造して、その作品に最も合った音響や技術スタッフなどが選ばれるなど、全てがその作品のために作られています。いきなりブロードウェイでオープンするわけじゃなく、5年、6年、7年というスパンをかけてリーディングやトライアウトなどを経て沢山の人たちが動いて準備をして、晴れてブロードウェイでオープンしています。それだけの人たちが1つの作品というもの1点に集中しているから、そこを感じながら見るとより感動も大きいと思います。

表面的なところの、”役者がすごい” とかだけではなく、あらゆる分野のプロフェッショナル、メジャーリーガ達が良いものを作ろうと力を注いだものをありのままで見られるのは、やはりブロードウェイの魅力なのかなと思います。ぜひ楽しんで下さい。」

インタビューに添えて

ブロードウェイで働く日本人。それは、とても遠い存在に思えるのではないだろうか。遠いアメリカの、世界の中心と称されるニューヨークで、現地の音楽シーンを牽引している日本人がいると聞いても、自分とは違う世界だと思ってしまうのも無理はない。実際のところ、キラキラとしているイメージがある演劇界は、何百人・何千人が1つのポジションを奪い合い、泥臭く勝ち取った後も高い技術を常に求められ、必死に作品を作り、それでも観客に評価されなければ数週間で幕を閉じてしまうシビアな業界である。「誰もが目指せる」などと軽々しく言えたものではない。

それでも、ヒロさんのお話にはブロードウェイをより身近に感じさせる引力がある。それは、そんな “選ばれし人達” が全身全霊を傾けて良いものを作っているんだ、というミュージカル制作の裏側を惜しみなく教えて下さるからだろう。観客である我々は、あくまで表面的な部分を観て “良い” とか “悪い” とか好き勝手を言うが、作品に携わる役者や制作チームは誰一人として中途半端な気持ちで作品を作っていないのだ。ブロードウェイで活躍する人たちは、それぞれ何かのきっかけでこの世界を目指し、大学で技術を鍛え、オーディションを勝ち抜き、プロフェッショナルとして高いレベルで切磋琢磨している。全員に漫画の主人公のようなストーリーがあって、今日も世界最高の舞台で戦っているのだ。正にヒロさんの言う “全員がメジャーリーガー” という例えが、この世界の厳しさと誇りの高さを物語っている。魔法のように数日で出来る舞台などなくて、チャレンジの分だけ “人の想い” が乗っている。観客として、ただ舞台の物語を追いかけるのではなく、「これは誰かの夢の上に出来た舞台で、我々観客がその夢を完成させるんだ」────と、”人の想い” に胸をときめかせながらミュージカルを観てみるのも楽しいだろう。

そんな世界一の才能がせめぎ合うニューヨークで、特に高い評価を受けているのがヒロさんだ。様々な現場から引っ張りだこで、常に4~6作品の音作りを平行し、お会いする度に「今日も朝から4つの劇場をまわって最終調整をしてきた」とか、「来週からドイツへ行って海外公演の音を調整する」とか、ヒロさんって何人いらっしゃるのだろう!?と目が回るようなお話を笑顔で話して下さる。同じ日本人であることが誇りでもあり、刺激にもなる、偉大な方だ。日本人の旅行者の皆様には、ヒロさんがこだわり抜いて作られた音をぜひ劇場で聴いて頂きたい。また、そんなヒロさんのご活躍の裏側を伝えたこのインタビューが、これからブロードウェイや世界を目指す方の刺激になればと切に願う。

著者 今田明香

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